注意(Attention)の神経科学重要論文まとめ

概要と略語

注意(Attention)に関する重要な論文を読んで感想を書いていくだけ。
万が一誰かの参考になればというのと、自分の考えを整理する試みです。
まとめとは書いてありますが他にも多数あるので気まぐれで更新しようと思います。
以下の略語は特にコンセンサスがなく勝手に略しているものも含むかもしれません。

略語:FEF : Frontal Eye Field, 前頭眼野 | PAR : Parietal Cortex, 頭頂葉 | VC : Visual Cortex, 視覚野 | LFP : Local Field Potential, 局所フィールド電位(脳波的なものと捉えて良い) | TMS : Transcranial Magnetic Stimulation, 経頭蓋磁気刺激 | LIP : Lateral Intraparietal Sulcus, 頭頂葉の一部で注意などに重要


FEFと空間的注意

FEF(Frontal Eye Field, 前頭眼野)は空間的注意の実行に重要と考えられている。それはどのような研究に基づくのか、またより詳細にどのように注意を実行しているのか検討した論文をまとめる。

FEFを電気刺激で注意っぽい神経活動

Moore, T., and Armstrong, K.M. (2003). Selective gating of visual signals by microstimulation of frontal cortex. Nature 421, 370–373.

概要:サルのFEFを電気刺激したら空間注意をむけた時のような神経活動がV4(やや高次な視覚野)で見られたという論文。FEFが空間的注意の実行に因果的に関わっていることを示唆する強力な証拠となっている。

私見:Attentionは視覚処理を「促進」する方向性だが、同時に関係ない視覚処理を「抑制」することも重要で、そちらは何がどう実行しているのか。DLPFCあたりが関わってきそうだが、FEFとDLPFCはどう関わっているのか。

注意におけるFEFとParietalの違い

Buschman, T.J., and Miller, E.K. (2007). Top-Down Versus Bottom-Up Control of Attention in the Prefrontal and Posterior Parietal Cortices. Science. 315, 1860–1862.

概要:空間的注意ではFEFとPAR(頭頂葉)が重要とされているが、役割はどう違うか。サルにボトムアップ注意を要する課題(目立つ視覚刺激に注意を向ける、というより注意が向く)とトップダウン注意を要する課題(目立たない視覚刺激に注意を向ける)をさせる。結果、PARはボトムアップの注意時に活動が先行し、またそのリズムは35-55Hzとガンマ帯域だった。一方、FEFはトップダウンの注意時に活動が先行し、そのリズムは22-34Hzとベータ帯域だった。

私見:平たく言えば、PARはボトムアップ注意に、FEFはトップダウン注意に関わるっぽい。前々からFEFとPARの違いが気になっていたからインパクトのある結果。特にトップダウン課題において、注意を向ける(=サッケードする)瞬間までPARはほとんど活動していないように見える。このことから、単に注意を何処かに向ける上ではPARは不要なのか?一方、サッケードの瞬間以降はPARの活動も高まっているのはなぜか。注意を一旦向けると、その受容野に刺激が入ってくることになるから、単にそれに反応している?これらをまとめると、トップダウンの注意(またそれを要する空間ワーキングメモリなども)ではFEFによるシグナルが主だった役割を担っているように見える。

空間注意はFEF→VCのガンマ同期による可能性

Gregoriou, G.G., Gotts, S.J., Zhou, H., and Desimone, R. (2009). High-Frequency, long-range coupling between prefrontal and visual cortex during attention. Science. 324, 1207–1210.

概要:ある視覚刺激に注意を向けると、その場所に対応する視覚野のガンマ波が強くなる。これは視覚野(VC)から内発的に生まれるものなのか、それとも前頭葉など外部からの入力によるものなのかを示す。サルに空間的注意課題を行わせた結果、VCでもFEFでも発火率が上昇したが、FEFにおける発火率の上昇の方が潜時が短かった。さらに、VCとFEF間ではLFPやスパイクのリズミックな同期が50Hz前後のガンマ帯域で見られた。この信号にGranger因果性検定を行うと、FEFからVCに向けてガンマ帯域の信号が送られていることが示唆された。

私見:要するに空間的注意はFEF→VCに送られる信号であることが改めて示唆された。ただ、一個上の論文ではトップダウンの信号は22-34Hzぐらいだったのに対しこの論文では50Hz前後とかなり差があるのが気になる。

ヒトTMSによりFEFからVCへの注意信号の機序検討

Veniero, D., Gross, J., Morand, S., Duecker, F., Sack, A.T., and Thut, G. (2021). Top-down control of visual cortex by the frontal eye fields through oscillatory realignment. Nat. Commun. 12.

概要:2021年に出たばかりの論文。ヒトのFEFをTMSで刺激し、それに対するVCの反応を見たもの。まず、FEFをTMS刺激するとVCのベータ(15Hzぐらい)の位相がリセットされることを示した。これはFEFをTMS刺激した瞬間にVCに何らかの信号が送られていることを示唆する。そしてこのベータリズムの位相によって注意課題の正答率やPhosphene(視覚野にTMSを打った時に感じる閃光のことを指し、視覚野の興奮性を反映すると考えられる)の見えの強さが変動することを示した。

私見:ヒトにおいて因果的にFEFがVCに信号を送り注意を実装している可能性を強く示唆した意味で意義深い論文だと思う。さらにそのリズム特性、つまり注意はベータ帯域の脳波によって実装されているっぽいということも示唆していることも興味深い。以下のRhythmic Theory of Attentionとの繋がりも考慮すると、FEFはベータ(15-35Hzぐらい)のリズムでVCに信号を送り、該当する場所に対する感度を高めている(=注意を実行している)と思われる。


Rhythmic Theory of Attention

2010年ごろからの研究で、私たちは一箇所に注意を向け続けているつもりであっても実は微妙に揺らいでいることが明らかになってきた。つまり、強く注意を向けられている瞬間と、そうでもない瞬間とが交互に訪れている。どのぐらいのリズムでこの揺らぎが現れているかというと、一秒間に4回から7回程度のシータ帯域であることが多いようだ。この事実やこれにまつわる神経機序を示した論文をまとめる。

シータ波の位相によって注意が揺らいでいる

Busch, N.A., and VanRullen, R. (2010). Spontaneous EEG oscillations reveal periodic sampling of visual attention. Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 107, 16048–16053.

概要:ヒトが左右どちらかに注意を向け、その際の脳波を計測した。注意を向けた領域に微妙な視覚刺激を提示し、それを知覚することができるかを評価。結果、シータ波(FEF付近?)の位相によって、検出の精度が変動することが分かった。

私見:注意は一定ではなく、シータ波の位相によって変動していることが明らかになった。脳波だから正確な脳領域は検討しにくいが、図を見る限りFEF付近の脳波位相が関与しているように見える。上記してきた論文とも合わせるとやはりFEFが注意実装に重要のよう。上の章ではベータが重要という研究が多かったが、この研究ではシータだった。この差は何を意味するか。

注意の揺らぎと前頭・頭頂ネットワーク

Fiebelkorn, I.C., Pinsk, M.A., and Kastner, S. (2018). A Dynamic Interplay within the Frontoparietal Network Underlies Rhythmic Spatial Attention. Neuron 99, 842-853.e8.

概要:注意がシータで揺らぐのはコンセンサスだとして、それはどのような神経機序によるのか、サルで検討。FEFとLIP(頭頂葉の一部)を計測。これらの領域は前頭・頭頂ネットワークと呼ばれ、注意やワーキングメモリなどで重要。結果として、まずこれらの領域のシータ波の位相によって注意課題の成績が明確に変動することを示した。そして、これらのシータ波はベータ・ガンマなど高周波の脳波とカップリングしていた。具体的には、FEFのシータ波の特定の位相に30Hz程度のベータ波が集中的に現れ、一方LIPのシータ波の特定の位相に45Hz程度のガンマ波が集中的に現れていた。また、シータ波の方向性としてはFEFからLIPに向けて信号が送られていることがGranger因果性検定などにより示唆されている。

私見:まとめると、FEFのシータ波の山の部分にベータ波が現れるPhase-Amplitude Couplingと呼ばれる現象がまず起こる。そして、このベータ波が実際に視覚野(この論文ではLIPだが)などに信号を送ることで注意が実装されているのではないか。事実、上に紹介したBuschman and Miller, Science, 2007でもFEFからのトップダウン注意は30Hz前後のベータ帯域のリズムによって実装されていることが示唆されていた。

FEFベータ律動・発火タイミングと注意の揺らぎ

Fiebelkorn, I.C., and Kastner, S. (2021). Spike Timing in the Attention Network Predicts Behavioral Outcome Prior to Target Selection. Neuron 109, 177-188.e4.

概要:上記の結果をより詳細に検討したもの。FEF(とLIP)のLFPだけでなくスパイクも検討した。対象はサル。FEFにせよLIPにせよ、発火率自体は注意課題の正答率に関係なし。一方で、それら領域のスパイクが、LFPの特定の位相にロックしていればいるほどスコアが高い(反応時間が短い)という関係性があった。具体的には、FEFの発火タイミングがFEFの20-30Hzのベータ帯域LFPと同期していれば注意課題のスコアが高い。やはりFEFベータの重要性がうかがえる。また、新しい結果としてこの発火率の関係性は、FEFのVisuomotorニューロンにのみ見られ、Visualニューロンには見られなかった。Visuomotorニューロンは何かというと、視知覚と眼球運動両方に関わるFEFのニューロンのこと(受容野に視覚刺激が入ると反応する+これを刺激するとサッケードが起こる)。Visualニューロンとは、眼球運動には関係ないニューロン(受容やに視覚刺激が入れば反応するが、刺激してもサッケードは起きない)。この結果は、FEFの運動出力に近い信号がLIP(や視覚野にも?)に送られることで注意が実行されていることを(弱く)示唆する。また、他の研究とも一致して、信号方向としてはFEFからLIPの方向性っぽい。さらに、これも先行研究と一致して、FEFのベータ波はFEFのシータ波の特定の位相に限局して現れていた(Phase-Amplitude Coupling)。

私見:2021年に出たばかりのNeuron論文。これまでの研究で既にFEFのシータ・ベータが注意には重要らしいということは示されていたが、これをさらに補強しつつスパイクのタイミングやニューロンの種類(Visual vs Visuomotor Neuron)の差異にも言及している。

2箇所への注意はシータで交互

Landau, A.N., and Fries, P. (2012). Attention samples stimuli rhythmically. Curr. Biol. 22, 1000–1004.

概要:ヒト対象研究。左右二箇所に注意を持続的に向け続けているつもりでも、実は右左右左とシータのリズムでその精度が揺らいでいることを示した。

私見:シンプルでインパクトのある論文。二箇所に意識的に、持続的に均等に注意を向けているつもりでも、無意識に両者の間を注意は行き来している。

2つの角度への注意もシータで交互

Mo, C., Lu, J., Wu, B., Jia, J., Luo, H., and Fang, F. (2019). Competing rhythmic neural representations of orientations during concurrent attention to multiple orientation features. Nat. Commun. 10, 1–10.

概要:ヒト対象研究。MEGで脳計測。これまでほとんどの研究は空間的注意を調査しているが、角度などに対する注意ではどうかという研究。MEG信号によりその瞬間に注意を向けている角度が何かをデコーディングすることで、どのようなリズムで角度に注意を向けられているかを検討。結果、やはり2つの角度への注意もシータで交互であることが示唆された。

私見:いわゆるFeature-based attention(空間などでない要素に対する注意、色や角度など)でもシータで交互であることが示された。ただしRe et al., Curr Biol, 2019では色への注意を検討していて、交互であることは確認できていない(リズミックであることは示されている)ので微妙なのかもしれない。