脳波位相同期(Phase coupling)とは

ラボの後輩に「Phase couplingってなんですか?」と質問を貰ったので、せっかくだからここに書いて答えることにする。

詳細な計算論などには踏み入らない(というか分からない)ので、簡単にどんな役割があると考えられているのかを解説する。

それほど詳しい訳でもないので、間違った記述があればご指摘いただきたいです。

また、僕は専門がワーキングメモリなので、主に記憶研究の文脈で答えることになる。記憶と位相同期(Phase coupling)のレビューはFell and Axmacher, Nat Reviews Neurosci, 2011を参照。

位相同期とはそもそもどんな現象か

位相同期は、一言で言えば2つの領域の脳波がシンクロする現象のこと。

もっと厳密にいうと、2つの領域の脳波の山と谷が同じタイミングで揃っている現象のことを指す。

山と谷などの位相が2領域で揃うから位相同期。

上記論文に図があるので参照するとひと目でわかると思う。

こういう現象が、ワーキングメモリ課題をはじめとしていろんな状況下で見られることが報告されていて、そのメカニズムや意義が研究されている。

ちなみに周波数帯域(脳波の振動の速さ)はθ(4-7Hz)からα(8-13Hz)が議論になることが多いが、もっと早いγ(50Hz以上ぐらい)帯域などでも結構研究されている。

役割1:神経伝達の効率化

その役割は色々と提唱されているが、最も一般的に想定されているのが情報伝達の効率化だと思う。

2箇所の脳波が位相同期している場合、それらの間で情報伝達がしやすい状況になっていると考えられる。

なぜ位相同期すると伝達が容易になるか。

これは脳波が「ニューロン集団の興奮性」を反映していることから説明できる。

脳波は文字通り波、振動のことだが、脳波の山の部分では、その領域の興奮性が高い。一方で谷の部分ではその領域の興奮性が低いと考えられる(計測するときは山と谷が逆だったりするけど、細かいことは置いておく)。

それで、領域AとBが位相同期している状態というのは領域Aが興奮性高い時に、領域Bも興奮性が高いことを意味する。

Aが興奮性高い時に信号をBに向けて送ると、Bも反応性が高いタイミングだから、情報伝達が成功しやすい。

逆に、位相同期していない場合にはAが興奮性が高い時に信号をBに向けて送っても、Bは反応性が低いためうまくその信号を受け取れないということが起きうる。

比喩で言えば、日本と時差の小さいオーストラリアとの関係は位相同期しているから情報伝達が素早くて、時差の大きいアメリカとの間では情報伝達が遅くなるようなイメージ。

※厳密には位相同期は「位相差が一定の状態が維持されれば良い」ので、仮に日本とアメリカの例のように180度の位相ずれが一定時間キープされるのであれば、解析上はそれも位相同期と判定されたりする。ただ、こういう現象はあまり耳にしたことがない。

まとめると、位相同期しているとその領域間の情報伝達が容易になっていると考えられている。

役割2:可塑性の誘発

位相同期しているとそれらの領域間で可塑性が誘発されやすいということも考えられている。

可塑性とは要するにネットワークが強化されたりして変化することだ。

可塑性がなければ私たちは物事を記憶することができない。

では、なぜ位相同期していると可塑性が誘発されやすくなるのか。

これは「ヘッブ則」という法則により説明できる。

ヘッブ則とはざっくりいうと「Aのニューロンが発火した直後にBのニューロンが発火すると、その間の結合が強化される」という法則のことだ。

それで、領域AとBが位相同期している状態では、役割1でも述べたようにAのニューロンが興奮性が高い時に発火すると、Bのニューロンも興奮性が高い状態にあることから、Aの影響を受けて発火しやすい。

つまり、Aの発火の直後にBが発火することが起こる。そのため、ヘッブ則に従いA-B間の結合が強化される。

※これは別の視点で捉えると、LTP(Long-term potentiation, 長期増強)/LTD(Long-term depression, 長期抑圧)との関連からも説明される。ある領域でθ波の山の部分で入力があるとその入力を生む結合(シナプス)は強化され(LTP)、逆にθ波の谷の部分で入力があるとそれは抑圧される(LTD)。そのため、位相同期している場合脳波の山の部分で主に入力が生まれることにより該当するシナプスが強化されると考えられる(たぶん)。

ということで、位相同期の役割の2つ目は可塑性を誘発しやすくなる(もっというと該当領域間の結合が強くなる可能性がある)と考えられる。

論文紹介

2本ほどワーキングメモリと位相同期関連でインパクトのあった論文を紹介しておく。

Liebe et al., Nat Neurosci, 2012:サルに視覚性ワーキングメモリ課題をさせると、前頭葉と視覚野の間でシータ波が位相同期したことを報告した論文。また、位相同期が強い時の方が課題成績が高いことを示した。

ワーキングメモリには前頭葉(脳の中でも指示を出す部分)と感覚領域の間の情報伝達が重要であること、またそのメカニズムがシータ波の位相同期であることを強く示唆した。

Reinhart and Nguyen, Nat Neurosci, 2019:去年Nature Neuroscienceに発表されたこの研究では、高齢者の前頭葉と側頭葉のθ波を電気刺激(HD-tACS)で強制的にシンクロさせると、ワーキングメモリ課題の成績が若者と同程度まで回復することが報告された。

ワーキングメモリは知能の根本にある能力の一つであるにもかかわらず、それを高める有望な方法がほとんど発見されていない。

その中で、電気刺激により高齢者のワーキングメモリが若者と同程度まで回復するというのは衝撃的な結果であり、今後加齢に伴う認知機能の低下を大幅に改善する手段となりうるかもしれないという期待を与える論文。

結論

という訳で、位相同期とは2領域の脳波の位相が同期する現象のことで、それにより情報伝達が効率化されたり、可塑性が誘発されたりすると考えられている。