近年の研究で前頭葉の中でもDLPFC(背外側前頭前野)という領域が「人間らしさ」を支えていると考えられるようになってきている。
けど、具体的にDLPFCが何を担っているのかはすごくわかりづらい。
視覚野は視覚刺激に応じて視覚情報を再構成しているし、運動野は運動の出力をするからわかりやすい。
一方のDLPFCはワーキングメモリから意思決定までかなり多岐にわたる認知機能と関わるため、その具体的な機能まで還元するのが難しい。このエントリでは先行研究をまとめながらこの点について検討する。
当初はワーキングメモリに限らずいろいろなDLPFCの研究を網羅するつもりだったが、ワーキングメモリだけでも結構な分量になりそうだったので、今回はワーキングメモリに絞って概観し、最後に一般的な議論に持ち込むにとどめた。
Contents
DLPFCが情報を直接保持しているのか
DLPFCは従来からワーキングメモリ情報を保持する場所と考えられてきた。というのも、1989年のFunahashiらによる研究で、サルのDLPFCニューロンが空間的ワーキングメモリを保持している際に持続的な発火を示し、このニューロン発火からサルがどこの情報を保持しているかを区別することができたからだ(Funahashi et al., J Neurophysiol, 1989)。
この研究を皮切りに、DLPFCの持続発火がワーキングメモリ情報を直接保持しているという研究が定説になりつつあった。
しかし近年、いくつかの研究でこの見方に疑問が呈されている。
例えばMackey et al., J Neurosci, 2016ではDLPFCを損傷したヒトも空間的ワーキングメモリ課題を実行可能であったことを報告している。
なぜサル研究と今回のヒト研究でこのような差が見られたのか?
この結果は以下のように解釈できる。
サルのDLPFCとヒトのDLPFCは異なる
Mackeyらの同論文では、同時にヒトのPrecentral sulcus(PCS, 中心前溝)という眼球運動などを司どる部位を損傷した患者も研究対象にしていた。そして、PCSを損傷した患者ではむしろ空間的ワーキングメモリ課題のスコアが顕著に低下したことを報告した。
このことから、サルで従来研究されてきたDLPFCと呼ばれている脳領域は、ヒトではむしろ眼球運動に関わる領域に当たる可能性があるらしい。これがDLPFCの役割についての混乱を招く一つの要因となった可能性が高い。私たちが知りたいのは基本的にヒトのDLPFCの役割だと思うので、サルワーキングメモリを対象にしたDLPFCのこれまでの一連の研究は別物として捉えた方がいいかもしれない。
とりあえずここまでの結論を簡単に言うとしたら「サルのDLPFC研究はヒトに直接当てはめることはできない。そして眼球運動に関する前頭葉領域がワーキングメモリ情報を保持している可能性は高い」と言うことになる。
ヒトワーキングメモリ研究とDLPFC
では、DLPFCはワーキングメモリと全く関係ないかというとそういうわけではない。
例えばOsaka et al., Neuroimage, 2003では課題中にDLPFCの活動性が高いヒトほどワーキングメモリ容量が大きいこと報告しているし、このような報告はかなり多い。
サルの研究を一度忘れた上で、ヒトのDLPFCとワーキングメモリの関係について考察しよう。
ヒトDLPFCを対象としたワーキングメモリ研究の報告を概観すると、どうやら「複数情報を保持すること」とDLPFCに深い関連性があるようだ。
例えばRypma et al., Neuroimage, 1999では、ヒトDLPFCは一つの情報のみを覚える条件では活動せず、6つの情報を覚えるときにDLPFCが活動した。
このことなどから、DLPFCは複数情報を覚えるときに重要となる。
ワーキングメモリと切り替え
複数情報を保持するときにDLPFCが活動することはわかったけど、では具体的にどんな処理をDLPFCはしているんだろうか。
このことについて検討するには、一旦ワーキングメモリから離れて見た方が良さそうだ。
先ほどのFunahashiらの論文にならぶDLPFCについての歴史的な論文といえばD’Esposito et al., Nature, 1995だと思う。この研究では、シングルタスク時とデュアルタスク時の脳活動をfMRIで比較し、DLPFCがデュアルタスク時に選択的に活動を高めることを発見した。
DLPFCはデュアルタスク時に活動すると言うことだが、要するに複数課題の間で脳状態を切り替えると言う処理をDLPFCは担っていると考えることができる。
類似の研究は他にもあり、Fitzsimmons et al., Hum Brain Mapp, 2020ではDLPFCをr-TMSで阻害すると複数課題の間の切り替えがうまくいかなくなることを報告しているほか、Kluen et al., Cereb Cortex, 2019では連合記憶を新しい別の連合記憶に書き換える際にDLPFCが強く活動し、この活動が弱いとうまく記憶を書き換えることができないことなどを報告している。
これらの結果を抽象化すると、DLPFCは脳状態の切り替えを担っているのかなと思う。もっと言うと、直前まで持っていた情報や脳状態を消去し、新しい脳状態にシフトしていくと言う処理をDLPFCは行っているんじゃないか。
ワーキングメモリで複数情報を保持する際には、それらの情報に順番に注意を向けていくことでジャグリングのように情報保持していると私は考えている(Lundqvist et al., J Cogn Neurosci, 2012他)。この際、DLPFCは直前まで持っていた情報を即座に消去して次の情報への注意に切り替えると言う処理を担っている可能性がある。
だからDLPFCの活動性が高い人ほどワーキングメモリに優れると言う相関が見られるのであって、DLPFCが情報そのものを保持している訳ではないと考えている。
じゃあその切り替えってどんな演算なのかって言ったら、もっと計算論的なことまで踏み込まないといけないけど。
他の認知機能とDLPFC
この議論から、DLPFCがいわゆる人間に特有の認知機能を支えていると言う話もそれなりに説明がつく。
改めてDLPFCの役割を整理すると「直前まで持っていた情報や脳状態を消去し、新しい脳状態にシフトしていくと言う処理」っぽいと言うことだった。
例えばDLPFCが分厚い人は食欲などの欲求を我慢する能力が高いと言う報告が多い(Kohl et al., Neuroimage, 2019)。これは、「食べたい」と言う欲求をDLPFCが消去し切り替えていると解釈できそう。
瞑想とDLPFCの関連が多く指摘される(Fox et al., Neurosci Biobehav Rev, 2016)のも同じで、瞑想では自発的な思考が生まれたときにそれを消去し切り替える必要があるから、このときにDLPFCが活動すると捉えられる。
つまり、DLPFCは自動的に生まれてくる思考や行動を一度消去し切り替えることに重要であり、だから複数情報のワーキングメモリに関わる可能性がある。
まあ、ワーキングメモリにおける切り替えと行動レベルにおける切り替えはスケールが少し違いすぎるのでどこまでこの議論が正しいかはわからないけど。
少なくとも今のところこのぐらいに解釈しておくのが妥当かなと考えている。